相続放棄の期限はいつからいつまで?熟慮期間の起算点は?
相続には、相続財産を引き継ぐか放棄するかの選択肢があります。
被相続人(亡くなった人)の財産がプラスであれば問題ありませんが、多額の負債がある場合は簡単に相続するわけにはいきません。
このため民法では
「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」(民法916乗1項本文)
と定め、相続放棄又は限定承認する場合は、3か月の熟慮期間中にその意思を明確にするよう求めています。
熟慮期間中に何もしなければ相続(単純承認)したことになり、熟慮期間内に相続人が相続放棄申述書を家庭裁判所に提出すれば、その手続きが正しくなされる限り相続放棄が認められます。
熟慮期間経過後は相続放棄ができないため、相続放棄の期限、すなわち熟慮期間の起算点はいつなのか?、自己のために相続の開始があったことを知った時とはいつのことをいうのか?の解釈が非常に重要となります。
相続放棄の熟慮期間の起算点、3か月はいつからカウント?
熟慮期間の起算点については、
・自己のために相続の開始があったことを知った時とはいつのことか
・特別な事情がある場合
の2つにおいて論点があります。
自己のために相続の開始があったことを知った時とは?
民法では、相続人は自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純承認、限定承認、相続放棄のいずれかを選択するよう規定されていますが、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、次の2つの要件を満たした場合を指します。
1.被相続人の死亡を知ったとき
2.自分が相続人となった事を知ったとき
よって、被相続人が亡くなったことを知っても、自分が相続人になった事を知らなかった場合は、熟慮期間は開始されません。
相続人になった事を本人が知らないことを不思議に思う方もいるかもしれませんが、相続放棄が関わる相続では、本人が相続人であることを認識していないことは、十分にあり得ます。
これを理解するために、相続順位の理解が必要です。被相続人の配偶者は常に相続人となりますが、その他の血縁関係者は次の順位で相続人になります。相続順位が上位の人がいる場合は、その人が法定相続人となるため、それ以降の順位の人は原則として相続人になれません。
第1順位……子および代襲相続人(子の代襲相続人は孫、孫が被相続人より先に亡くなっている場合はひ孫、と無制限に下ります)
第2順位……両親等の直系尊属(両親、祖父母など自分より前の世代で、直通する系統の親族)
第3順位……兄弟姉妹および代襲相続人(兄弟姉妹の代襲相続は、甥・姪まで)
この相続の順位により、熟慮期間の起算点が異なります。
配偶者と子どもの熟慮期間の起算点
配偶者と子どもは必ず相続人になりますので、熟慮期間の起算点は被相続人が亡くなった日となります。
もちろん、離婚していなくても配偶者とは別居状態、親子関係が破綻、両親が離婚して一方の親とは疎遠、遭難や事故などにより、被相続人の死亡を知らなかった場合は、被相続人の亡くなった日は「自己のために相続の開始があったことを知った時」にはなりません。被相続人の死亡を知るまで、熟慮期間は開始されません。
しかし配偶者や子どもは、一般的に被相続人の亡くなった日にその事実を知りますので、被相続人の死亡の日が熟慮期間の起算点と解されます。
よって、死亡後3か月以上経過した後に相続放棄の申述を行う場合は、信ぴょう性のある事情説明書や関係資料が必要になります。
両親などの直系尊属や兄弟姉妹の熟慮期間の起算点
直系尊属や兄弟姉妹が、「被相続人の死亡を知ったとき」については、相続人が配偶者や子どもの場合と同じです。
しかし、「自分が相続人となった事を知ったとき」については、被相続人に子どもがいるかいないかにより異なります。
被相続人に子どもがいない場合
被相続人に子どもがいない場合、第1順位の相続人がいませんので、配偶者の有無にかかわらず、直系尊属が法定相続人になり、直系尊属がいない場合は兄弟姉妹が法定相続人になります。
よって、「自分が相続人となった事を知ったとき」は、「被相続人の死亡を知ったとき」と一致し、熟慮期間はその時から開始します。
被相続人に子どもがいる場合
被相続人に子どもがいる場合、子どもが第1順位の法定相続人になりますので、直系尊属や兄弟姉妹が法定相続人になることは原則としてありません。
しかし、子どもが相続を放棄すると第1順位の相続人がいなくなりますので、子どもがいない場合と同様、直系尊属が相続人に、直系尊属がいない場合は兄弟姉妹が相続人になります。
先順位の相続人が相続放棄したことを、後順位の相続人に知らされるシステムはありませんので、後順位の相続人は自らが相続人になったことを知らない場合が多々あります。
被相続人の財産が純額でプラスであれば後順位の相続人は相続人になったことを知らなくても問題になることは少ないですが、マイナスの財産である場合、後順位の相続人は自らが相続人になったことを知らないと相続放棄するチャンスを逃し、負債を負うことになります。
そのため、子どもが相続放棄した場合は、「先順位の相続人が相続放棄したことを知った時」が、「自分が相続人となった事を知ったとき」となり、その時が熟慮期間の起算点となります。
直系尊属がいる場合は、子どもが相続放棄したことを直系尊属が知った時が熟慮期間の起算点となります。
子どもと直系尊属ともに相続放棄したときは、直系尊属が相続放棄したことを兄弟姉妹が知った時が、兄弟姉妹にとっての熟慮期間の起算点となります。
熟慮期間の起算点に関し、特殊な事情がある場合
相続放棄は自分が相続人となった事を知った時から3か月以内にする必要がありますが、最高裁判例(最高裁判所昭和59年4月27日判決)では、自己が法律上相続人となつた事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつた理由が、
1.被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、
2.被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があり、
3.相続人において、相続財産が全く存在しないと信じたことについて相当な理由がある
と認められる場合は、熟慮期間の起算点は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時からとするのが相当として、熟慮期間の起算点の例外を認めています。
被相続人に相続財産が全く存在しないと信じていた事例
上記の最高裁昭和59年4月27日判決は次のようなようなものです。
➀被相続人には1,000万円の連帯債務があった
被相続人のAには、1,000万円の連帯保証債務があり、返済を求める判決が言い渡されましたが、判決正本の送達前にAが死亡したため、訴訟手続きは中断。
②相続人は10年以上被相続人と交渉がなかった
AにはB1、B2、B3という子どもがいましたが、Aがギャンブルに没頭したため妻が3人の子どもを連れて家出をし、以降10年以上Aと子ども達との交渉は途絶えていた。
③相続人は生前被相続人を見舞ったが債務の説明は一切なかった
Aが入院したことを知ったB1は、3回見舞いするも、Aから債務や財産に対する説明は一切なく、B1はAの死にも立ち会い、B2とB3には翌日死亡したことを知らせました。
④相続人は判決文の送達を受けて初めて債務の存在を知った
Aの死亡から約1年後に連帯債務に対する判決正本の送達を受けて、B1達は初めて連帯債務の存在を知り、B1、B2、B3は相続放棄の申述を行ないました。
相続放棄の申述は家庭裁判所で受理されましたが、無効を求める債権者の訴えにより、最高裁判所まで争われることになり、次のような判決に至ったのです。
- 熟慮期間は、原則として、相続人になったことを知った時から起算すべきだが、3か月以内に相続放棄をしなかったのは、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためである。
- 被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人が相続財産の調査をすることが著しく困難な事情があった。
- これらに相当な理由があると認められるときは、相続人になったことを知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当ではなく、熟慮期間は相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時または通常これを認識しうるべき時から起算すべきと解するのが相当である。
この判例は、熟慮期間の起算点の考え方についてのリーディングケースです。この判例により、その後の下級裁判所では、相続人に落ち度がなく調査しきれなかった相続財産については、その存在を知った時点が熟慮期間の起算点となるという解釈を基幹として判決がくだされています。
相続手続き中に相続人が死亡した場合(再転相続)の起算点
再転相続とは、被相続人Jが死亡して、その相続人であるKが、熟慮期間中に相続を承認するか放棄するかを決めないまま死亡し、次の相続が発生することををいいます。
例えば、お爺さんが亡くなり、相続人のお父さんが熟慮期間中にお爺さんの相続をするかしないかを決めないうちに亡くなってしまい、自分に相続が発生することです。
再転相続の熟慮期間の起算点については、「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」と民法916条にあり、上記例でいえば父が亡くなった事を知った日が熟慮期間の起算日となり(再転相続の熟慮期間の起算はいつから?)、最高裁判決(最高裁 令和元年8月9日判決)でも「 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、「再転相続人になったことを知った時点」と解すべき」という判断になっています(再転相続の問題点)。